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原子力発電に対する無知と無関心 [本]

天空の蜂
天空の蜂 東野圭吾著
講談社文庫

ふとしたことから,今年はあまり有給休暇を消化していないことに気付き,昨日からいつもより少し長めの夏休みを取っている。普段なかなか出来ないことをしようと思っていたのだが,休みなんて始まってしまうとあっという間に終わってしまう。次の原稿にも手を付けなければいけないし,どこまでできることやら。

で,取り敢えず,今日は読みかけてそのままになっている本を読むことにした。東野圭吾の「天空の蜂」。前回,東野圭吾のことを書いたのは1/28のことなので,もう半年以上も前になる。その時の本と一緒に買ったはずだが,10ページほど読んでからなんとなく機会を逸してしまっていた。何しろ,600ページ以上もある大作だ。夏休みに読むにはもってこいの作品といえよう。今日も今日とて,午前中から信じられないような暑さではあったが,自室で一番風通しのよいところにチェアを持ってきて,リクライニングさせて本を読んでいると,少しばかり南国リゾート気分である。

本の内容は,そんな似非リゾート気分とは無関係の,かなりの問題作だ。先日の地震で騒ぎになったことを考えると,旬の話題でもある「原子力発電所」の話。何者かが,防衛庁に納入されるはずだった最新鋭ヘリを盗み出し,日本全国の原子力発電所を破壊しなければ,高速増殖炉タイプの発電所に墜落させる,と政府を脅迫する。ヘリは自動操縦で高速増殖炉の上空1000m以上の位置でホバリングを続けており,政府が受け入れる前に燃料が切れればそのまま落下してしまう。タイム・リミットがある中で,どうすれば最悪の事態を避けることが出来るか,犯人を突き止めることが出来るか,といったことがダイナミックに描かれている。ストーリーや伏線の緻密な構成は元より,東野圭吾らしい技術面の精密な描写がリアリティを際立たせている。これだけの分量を一気に読ませてしまう筆力はさすがである。

唸らされたのは,そのストーリーのせいだけではない。これを読んでいると,いかに原子力について無知であるかを,強く実感せざるを得ない。私も理系の人間だが,高速増殖炉がどういうものか,まったく知らなかった。それが軽水炉と比べてどれだけ危険なのか,にも関わらず何故必要なのか,何故日本だけが熱心なのか。身近に感じていない分,いかに無関心であったかを痛感する。しかし,日本の電気がどれだけ原子力に依存しているかを考えれば,無関心でいてよい問題ではないのだった。しかも,久里浜で原子力燃料が作られて,深夜に陸送されていることを知っていれば,「神奈川県には原子力発電所がなくてよかった」なんて他人事であるはずがない。

この作品で東野圭吾が言いたかったのは,原子力発電の是非ではなく,こうした無知・無関心への警鐘である。それは,作中で犯人の考えとしてはっきり示されている。恐らく,多くの日本人は私と同じ程度の知識しかないはずだ。これだけリスクの高いものと共存していくについて,何も知らず,何も納得せずにおいてよいものだろうか。無関心な国民も問題だが,物議を醸しそうなことを隠蔽する体質の国にも大きな問題がある。国の勝手な判断で暴走するのではなく,メリットとデメリットを明確にして,国民に判断とリスクの責任を負わせるべきなのではないだろうか。

毎度のことながら,東野作品には,単に小説という枠を超えて,考えさせられることが多い。ここに書かれている程度の原子力発電の知識は全国民が持っているべきだと思うし,考える契機として全国民が読んでもいい作品だと思う。それこそ,映画にでもすればよいのだろうが,センシティブな話題だけに,まず実現しないだろう。しかし本当に必要なのは,そうやって話題を避けることでもなく,感情的になって賛成・反対を叫ぶことでもない。


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