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「セクハラ」ではなく「女性蔑視」 [時事/評論]

先日の都議会において,塩村都議に対して発せられたヤジ問題。

これまたメディアがバカだから,「セクハラやじ」とか言って,論点がおかしくなってしまっているが,問題の本質は「セクハラ」ではなく「女性蔑視」である。「セクハラ」というのは,対象者に対する嫌がらせであって,個人間の問題だ。だから,謝罪して,当人がそれを受け入れれば終わりとも言える。逆に,対象者でもない人間が,セクハラ発言だなんだ,と騒ぐのはお門違いということになる。今回の件が問題なのは,単なる個人間の揉め事ではなく,もっと一般的な話だからだ。つまり,政治家には,未だに女性蔑視の意識が染み付いているという事実である。

発言した本人が政治家として不適格なのはもとより,さらに重大なのは,こういう発言を容認してしまう議会のムードである。有権者によって選ばれた都議に対して,こうした揶揄するような発言をすることに違和感を感じないどころか,一緒になって笑い,追い打ちを掛けるようなヤジを飛ばす。その根底にあるのは,政治は男の仕事であって,女がしゃしゃり出てくるのは目障り,という時代錯誤な考え方だろう。女は政治なんてやらないで,結婚して家で家事・育児をしてろ,という訳である。少なくとも自民党の都議はみんなそう思ってるから,その場で誰も問題だと感じなかったのだ。今どき,一般人でも,こんなことを言ったら問題になるということは認識している。男女共同参画を推進するべき立場の政治家がこれなのだから,呆れ果てるばかりである。

もう一つの問題は,「ヤジ」そのものだ。正式に発言権を与えられて話をしている人間にヤジを飛ばすというのは,発言の妨害行為である。議会というのは,話し合いをする場ではないのか? 今や年寄りの多い政治家でも,戦後生まれ,あるいは戦後に幼少期を過ごした人間がかなりの割合を占めるようになってきているはず。小学校の頃に,教室でヤジなんか飛ばしたら,先生に怒られなかったか? 人が話している時にヤジを飛ばしたらいけない,なんてことは,小学生でも知っている。それなのに,何故大人である政治家が,議会でヤジを飛ばすのか。何故ヤジを飛ばすことに違和感を感じないのだろうか。そりゃ,自民党の閣僚が,明らかに嘘の答弁をしてれば,ヤジを飛ばしたくもなるだろう。勿論,それだってルール違反には違いない。反論するなら,口汚く罵るのではなく,正式に発言権を得て,理性的に話せばいいのだ。しかし,今回のケースはそれとは全く別だ。単に野党の都議の発言を封じようとするものであり,極めて悪質である。それにも関わらず,世論を含めて,「ヤジ」そのものに対する批判はあまり聞こえてこない。あまりにも慣らされてしまって,不感症になっているのかもしれない。

驚くべき事に,「早く結婚しろ」とヤジった男が名乗り出たことで,自民党は幕引きにしようとしている。この事自体,問題の本質を理解していないと言える。いや,理解しているが,議論がそこに行き着いて欲しくない,という方が正しいかも知れない。今なら,単なるセクハラで済ませられると思っているのだろう。そう考えると,当初否定していた男が一転名乗り出たことが,自民党の描いた,事態沈静化のシナリオだった可能性もある。要するに,大衆はナメられているのだ。マスコミも,「セクハラやじ」なんて見当違いの見出しをやめて,徹底的に都議会・自民党会派の「女性蔑視」を追求するべきだ。もっとも,マスコミも,政治家と同じような問題を抱えているらしいが。女性蔑視が当たり前の組織が,他人の女性蔑視に本気で切り込むとは思えない。反対に火の粉が降りかかっては堪らないものね。

首相が口先でいくら立派なヴィジョンを話したところで,日本の真の近代化はまだまだ先のようだ。


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