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グリシャムの「自白」 [本]

自白(上) (新潮文庫)
ジョン・グリシャム著「自白」(新潮文庫)

ジョン・グリシャムの「自白」を読んだ。例によって,hontoの500ポイント・キャンペーンの時に3千円に少し足らず,新潮文庫の新刊のリストの中から,ちょっと興味のありそうなものを選んだのだった。だから,優先的に読む動機もなく,数ヶ月の間放ったらかしになっていたのである。

ストーリーは,無実の罪で数日後に死刑になる若者がいるという状況で,自ら真犯人だと名乗りを上げる人物が現れ,何とか死刑執行を阻止しようとするお話。と,これだけならよくあるサスペンスものっぽいのだが,著者がグリシャムだけあって,テキサス州の死刑制度や司法制度,人種差別と冤罪が産み出されるプロセスが,極めて克明に描かれている。日本でもUSに倣って,取り調べの可視化が進められているが,そのUSで,未だに悪しき慣習とも言うべき違法な取り調べが行われていることに愕然とする。警察という密室の中で,ありとあらゆる不当な手段が駆使され,それが隠蔽され,無理やり引き出された自白が,有罪の唯一決定的な証拠として採用される。警察が嘘を吐くことは,正当な手段として認められている,というのにはびっくり。公務員の免責と併せて,とても公正な取り調べを期待できないシステム。全ては,警察・司法に携わる人間の良心のみに依存しているのだ。なんと危うい正義なのだろう。そして,テキサスは,被害者の死体が見つからなくても,殺人罪で有罪にすることができる,稀有な州なのだそうだ。さらに,黒人の被告に対して,白人ばかりを陪審員に選ぶ法廷。本来無作為に選出されるはずなのに,システム側の人間には,いくらでも手段があるらしい。もちろん,フィクションであり,どこまでが取材に基づく事実に即したものかは分からないが,描かれていることに無理は感じられない。世界有数の人種差別の国であればこそ,このくらいのことは普通に行われていても不思議はない。

死刑を扱う創作のご多分に漏れず,作中では死刑制度廃止論議が盛り上がる様も描かれている。日本と違って,宗教的な観点からも,死刑制度の是非は議論の対象となるようだ。私は,このブログでも再三論じているように,死刑廃止には反対である。やむにやまれず罪を犯してしまう人々とは違って,常習者や犯罪組織など,故意に犯罪を犯すものは,罪と量刑とのバランスを考えるからだ。極刑を廃止してしまえば,極刑が相応の犯罪を抑止できない。理想を語るのは良いが,現実問題として,現在刑罰以外に,犯罪を抑止できる効果的な手段があるだろうか。死刑があるから,犯罪者が死刑に処されるわけではない。死刑に相当する犯罪を犯す者がいるから,死刑が執行されるのである。

冤罪の危険があるから死刑を廃止すべきだという意見もあるだろう。この小説の中にも登場する。しかし,これは一見合理的に見えて,まったく後ろ向きな問題解決方法である。そもそも冤罪は,あってはいけないのだ。冤罪が産み出されるシステムの欠陥をもっとしっかり研究して,冤罪のない司法・警察システムを作り上げていかなければならない。死刑でさえなければ,冤罪も後から償えるなどと考えるのは,勘違いも甚だしい。量刑の軽重は関係なく,無実の罪で償いを強制することは,人間の精神に決して癒えることのない傷を,深く刻むのだ。

但し,考えの浅い大衆は,短絡的に冤罪=死刑廃止に結論付けたがるだろう。作中で語られる死刑廃止論議は,著者の意見というより,現実の世論の動向をシミュレートしたものだと考えるのが妥当に思える。そして,世論を煽るのは,USでも日本でも,いつも無責任なマスコミである。こうしたことを踏まえて,この本の読者は,感情的に流されず,どうあるべきかを考える切っ掛けとすべきだろう。

そんな感じで,社会派ドキュメンタリー・タッチの,なかなか重厚なお語であった。敢えて苦言を呈すれば,ちょっと長過ぎる。上下巻で900ページ近くも必要なストーリーではないように思う。様々な局面を,詳細に写実的に描写することで,リアルなイメージを伝えたかったのかもしれないが,一方で全体としてのスピード感に欠けてしまった感があるのが残念。英米のこの手の本は,とかく翻訳すると上下巻になるような長編が多いが,そうしないとまずい理由でもあるのだろうか。この辺りは,文化の違いといえるのかもしれない。


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